創業者宇都宮宇作のルーツに迫る

宇都宮製作株式会社は1903年、宇都宮商店として創業しました。
このたび創立110年を一つの節目とし、衛生メーカーとしての出発点を探るべく創業者 宇都宮宇作の故郷である愛媛県西予市宇和町(うわちょう)を訪問し、そのルーツに迫りました。
ご多忙な中、愛媛銀行支店長 宇都宮様と宇和町観光協会会長 井上様より、様々な貴重なお話をお聞かせ頂くことが出来ました。

  • 宇和町 卯之町駅にて

  • 宇和町 卯之町駅にて

宇和町は八幡浜市、大洲市と宇和島市との間に位置し、南予地域の交通の要となる穀倉地帯で、毎年4月末に約5万人が集まる「れんげ祭り」が開催されています。
街並み、九州を眼下に臨む笠置峠には4世紀前半の前方後円墳である笠置峠古墳があり、日本で最初の女医 楠本イネが二宮敬作からオランダ語と西洋医学を学んだ土地でもあります。
宇和島周辺には宇都宮姓が今なお多く見られます。平安時代末期から鎌倉時代前期、宇都宮郷(栃木県宇都宮市)出身の伊予国の守護 宇都宮頼綱(1172-1259)がこの地で勢力を伸ばしたことが、宇和島の宇都宮家の源流であると推測されます。

  • 笠置峠からの眺望

  • 西南四国最古の古墳 笠置峠古墳

宇和町の風景を収めた<野辺風韻>という美しい写真集に、宇都宮宇作個人に関しても関連する記録が残っています。「稲木の隊列」と名付けられた風景写真に映っている辺りが、宇都宮宇作の生家があった場所であると思われます。驚くべきは、宇作の偉業を称える石碑が2つ、宇和町に現存していることでした。

  • 宇和町の郷土写真集〈野辺風韻〉

1931年に宇和町の石城小学校の講堂新築費用を全額、並びに育英資金として多額の寄付をした功績を称え、今なお石城小学校には感謝の碑が残っています。
現宇和町長と観光協会会長は幼少時代に宇作から寄贈された講堂で学んでおられ、今回の弊社の訪問を心から歓迎して頂きました。(残念ながら講堂自体は老朽化のため 既に取り壊されています)
また1943年、井上会長が幼少の頃に実際に体験されたお話ですが、扇形池の要位置付近の決壊により池の水が氾濫する水害があったそうです。
池の鯉が辺り一面に流れてくる程の惨状(水田などは当然使い物になりません)となりましたが、大阪に居た宇作が駆けつけ全財産を投げ打つ覚悟で治水にあたりました。当時は戦争中で男手がなく、女性を中心に老人や子供での復旧活動を行っていたところでの偉業だったと、井上会長は涙ぐみながら話を聞かせてくれました。
その池のすぐ傍にも、宇作の支援に対し感謝の碑が建てられたということです。

  • 石城小学校内に残る感謝の碑

  • 宇作の復興支援を称える河内池の頌徳碑

わずかではありますが、創業者の人生の足跡に触れ、企業の原点ともいえる社会貢献の初志と決意を確かに感じ取ることが出来ました。先人の意志をしっかりと受け継ぎ、衛生メーカーとして社会の衛生と安全をまもるという使命感と誇りを胸に、宇都宮製作株式会社は今後も邁進してまいります。